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証券会社に対する不信感が世代を越えて受け継がれていくようでは、個人投資家層の拡大は望みにくいだろう。
こうした中で、預貯金という元本保証の金融商品しか知らない個人を証券投資に誘導する上で有効な入門的商品として、関係者の熱い視線を浴びてきたのが、投資信託である。 投資信託は、少額でも幅広い分散投資ができる上、プロのファンド・マネジャーが運用するので、個別銘柄への投資に比べて安定的に収益を上げやすいとされる。
しかし、実際には、金融ビッグバン以後も、投資信託は大きな広がりをみせず、個人投資家の強い支持を得ているようには思われない。 そこで、節を改めて、わが国の投資信託が、なぜ個人投資家に受け入れられにくいのかを検討してみよう。

わが国で投資信託が伸び悩んでいるのは、個人がリスクを伴う投資に慣れていないためだとか、最近の株価低迷で株式投資信託の運用成績が振るわないためだなどと、しばしば言われる。 前者のリスク嫌いという指摘に対しては、既に一般論としても疑問を呈しておいた。
加えて、投資信託という商品だけに議論の的を絞っても、納得のいかない点が多いのである。 それというのも、かってわが国の個人投資家が、投資信託をこぞって購入した時期があったからだ。
一九六五年の証券恐慌(いわゆる「昭和四○年不況」)直前には、投資信託は当時の小さな株式市場において、「池の中の鯨」と呼ばれるほどの規模にまで拡大していた。 一九六三年度末時点で、投資信託は市場全体の株式の九・五%(株式数ベース)を保有していたのである。
この時期、個人金融資産に占める投資信託の割合は、実は、米国よりも日本の方が高かった。 ところが、証券恐慌が生じたことで、証券会社が法人ビジネスを拡大するために無理をして引き受けた株式を自社の投資信託に組み入れるといった投資家無視の運用内容が明るみに出され、投資信託への期待感は一挙に失われてしまった。
それでも、一九八○年代までは、米国よりも日本の方が、依然として個人金融資産に占める投資信託の割合が高かったのである。 どうやら、日本人は投資信託という商品に伴う投資リスクを昔から嫌っていたどころか、全く逆に、かつてに比べて投資信託離れを来してしまっているようなのだ。
一方、株式投資信託の運用成績低迷が、投資信託への投資拡大を妨げているという仮説は正しいのだろうか。 信託残高の対GDP比率を示したものである。
一九九二年と九八年とを比べると、日本以外の全ての国で対GDP比投資信託残高が増えた。 つまり、経済全体の成長を上回るスピードで投資信託の市場規模が拡大したのである。
この図などは、一見しただけでは、正に運用不振が投資信託の拡大を妨げる最大の問題という仮説を証明するもののように思われるかもしれない。 一九九二年から九八年にかけての時期は、欧米の株式市場が概ね好調に推移する一方で、日本では相場が低迷していたからである。

ところが、事情はもう少し複雑である。 例えば韓国では、規制の存在などから、投資信託残高の多くを占めているのは、投資リスクの低い公社債投資信託なのである。
これに対してわが国では、低リスクの投資信託を含めても、投資信託市場が成長したとは言い難いのである。 一九九○年代は、国際決済銀行(BIS)による銀行の自己資本比率規制が定着した時期である。
預金として集めた資金を融資にまわすという銀行経由の金融を量的に拡大することが、世界的に難しくなった一○年と言ってもよい。 同時に、ソビエト・ブロックの崩壊と冷戦の終結で、市場機能を最大限に活用するという経済運営の方向性が、各国の共通理解となった時期でもある。
各国における投資信託市場成長の背景には、こうした大きな潮流の変化があったのである。 それにもかかわらず、わが国は、ただ独り、世界的な潮流から取り残されてしまったかのようだ。
データを示した一九九八年以降も、わが国の投資信託市場をめぐる状況はほとんど変化していない。 例えば、二○○二年末の株式投資信託純資産残高は、東京証券取引所時価総額の六・六%にすぎなかった。
この比率は、バブル期の一九九○年頃を除けば、一九七○年代から大きく変わっていない。 それでは、証券会社の販売手数料や運用会社の信託報酬が割高だから投資信託が普及しないという議論についてはどうだろうか。
とりわけ、しばしば三%に達する証券会社の販売手数料は、超低金利が続く中で疑問だとして槍玉に挙げられることが多い。 二○○一年八月に発表された金融庁の「証券市場の構造改革プログラム」でも、「投資信託の販売手数料等の引下げに資する一層の環境整備」が、個人投資家にとって魅力ある投資信託の実現のための施策の一つとして掲げられた。
確かに、投資信託が個人の間で定着している米国では、販売手数料のない、いわゆるノー・ロード型のファンドが広くみられる。 しかし、ノー・ロード型と言っても、販売証券会社としては、全くの無報酬で販売するわけにはいかない。
そこで、販売残高に応じて受け取る手数料(米国では関連法令の条数から手数料と呼ばれる)の率を高めに設定しているのが実情である。 こうした手数料は、わが国の投資信託にも存在するが、投資家にとって、真のコストが見えにくいという問題点がある。
実際、ノー・ロード型の投資信託では、「手数料はかかりません」という説明に惹かれて、短期間でファンド間の乗り換えを行う投資家が増え、運用が不安定になりやすいとの指摘もある。 また、手数料の高さが批判される背景には、実は、投資信託の運用パフォーマンスに対する不満があるとみるべきだろう。
販売手数料が何%であっても、それを上回る好パフォーマンスが得られれば、投資家が大きな不満を抱くはずはない。 実際、わが国の投資信託も株価が順調に推移した一九九八年、九九年には年率二桁の高成績を上げたケースが少なくなかった。

二○○○年後半以降の株価下落で、そうした好パフォーマンスはみられなくなり、同時に手数料に対する批判も強まったのである。 しかも、手数料の高さが個人投資家を投資信託から遠ざけているという説明は、運用成績の不振が要因という説明同様の難点を有する。
実際には、手数料率が低い公社債型やインデックス型の投資信託も、それほど拡大していないからである。 それでは、わが国の個人投資家の間で投資信託が定着しない真の要因は何だろうか。
「これだ」という決定的なものは見出せないが、様々な問題点は指摘できる。 まず、投資信託は証券会社でしか販売されなかった上、「株式よりも更に複雑」という印象を投資家の間で持たれていた。
つまり、身近な金融商品では決してなかったのである。 主要な運用会社は、販売証券会社の系列会社で、運用成績を通じて評価されるという形での競争は不活発だった。
その結果、プロのファンド・マネジャーも十分に育っていなかった。 運用成績が振るわなくても、販売証券会社は「投資信託は長期保有が基本です」と投資家に言うばかりで、的確な売買のアドバイスをしているとは言い難い。
収益に対する源泉分離課税という税制は、預金と同じ扱いでわかりやすい面があるが、半面、損失を利益と相殺できないという大きな問題を伴っていた。


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